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2007年5月28日 (月)

コミュニケーションとしてのリフレクソロジー

お客様と話していて、子育ての時に、スキンシップが足らなかったので、今流行のベビーマッサージはとてもいいことだと思うと、話されていた。それも、お母さんにとって。(もちろん我がベビーマッサージ講習でも、そのことは教えているのだけれど)
今は成長してしまった子供にもリフレクソロジーをしてあげることはいいことだと思うのだけれど、とも、おっしゃっていた。

その話をしていて、思い出したのが、私がまだこの仕事を本格的に始める前のこと。
そのころは、父とも母ともとても仲が悪かった。(お互いが相手にたして思いが強すぎて、衝突ばかりしていたというのがほんとかな)

ずいぶん前の日記にも書いたけれど、ほとんど会ってもおらず、父親が危篤(そのころはもう病気だったのだけれど)という知らせにも、「大げさなことを言うと私が行くと思っているのね。」と、言いながら深夜タクシーで病院に向かった位。(ほんとに危篤だった。なんて親不幸な娘!)

結果的にはそれから、2ヶ月ほどで亡くなったのだが。その時の父との和解の過程は以前に書いたのでここには書かないけれど、亡くなる前に何度かリフレクソロジーをしてあげた。心筋梗塞の発作と脳梗塞の発作を起こして意識不明だったので、その時の私には、重篤な状態の人にトリートメントを行うことは、少し怖いことではあったのだけれど、何もして上げられない私にとっては、自分の気持ちの助けになったのだ。(まぁ、お父さんも娘の勉強のためなら本望だろうと・・・。親不孝?)

子供の時一緒に住んでいなかったこともあって、父や母とも何かあると、会話がなくなったり、何もないときでも会話ができなかったりしたのだが、父の意識が戻らない病室で、母と二人でいることは、ある意味苦痛だったのだ。
それなのに父からの最後の言葉は、「お母さんと仲良くな」だった。(その後は気管支切開をしたので会話はできなかったのだ)
父が亡くなるのが、今日か明日か、というとき、他の家族はそこにいなくて、何故か母と二人だった。
母と話すこともないので、勇気を出して(それぐらい、母ともうまく行ってなかったのだ。)病室で母の足を触ることにした。そしてそしてトリートメントをしてあげている時に父は、亡くなった。
父親にしてみれば、安心したのかもしれない。意識はないといっても、全てわかるのだろうね。

プロフィールのところに書いた施設での言葉を超えたコミュニケーションのことも事実だけれど、昨日思い出した、このことが私のリフレクソロジストとしての原点なんだろう。

人に触れる、触れられる、ということはととても大事なことだと思う。特に家族の間には。
でも、段々と触れることも、話すことも、子供の時のように素直にできなくなっていく。
その時に何か代わりになるものがあったら、とても助かると思う。
事実私にとっては、リフレクソロジーに助けられた。
父が亡くなった後も母にケーススタディのモデルを頼んだりして、ずいぶんと今までの隙間を埋めるのに助かったし。

リフレクソロジーは、仕事としてだけではなくて、私に色々な勉強をさせてくれているのである。

(あらそういえば、そういうわたしのHPを見て、「コミュニケーションとしてのリフレクソロジー」という、講習依頼がきたのだった、去年。忘れていたわ・・・。)

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